特別の教科 道徳

【すぐできる】道徳の授業づくり5ステップ

道徳の授業づくり5ステップ

こんにちは。

2019年度から小学校で「特別の教科 道徳」が教科となりました。
評価を記述式で行うことが、
大きく変わったこととして
実感をもっているのではないでしょうか。

他にも、4つの視点や内容項目が変わったり、
観点も変わったりしました。
その中で一番大きく求められているのが、
「主人公の心情を問いた授業」からの脱却です。

でも急にそんなこと言われても、
どうすればいいのか分かりませんよね。

いや、そもそも、道徳の授業って難しいですよね。

この記事を開いて読んでいるということは、
きっと次のようなことを思っているでしょう。

・道徳の授業に困っている。
・道徳推進教師になったけど何をすればよいのか分からない。
・手応えのある授業をしたいけど、なんだか実感を伴わない。

多くの悩みやモヤモヤを抱えられていると思います。
この記事を読むことで、それらがほとんど解決します。
5つの段階を踏むことで、
すぐに面白いように授業が変わっていきます。

道徳が楽しい!と思えるスキルが身に付きます。

私は某公立小学校で勤務をしています。
道徳の研修は10年以上しています。

これまでに、受け持ったクラスに道徳をするだけでなく、
他学年で飛び込み授業をしたり、
他校・他市で研修の講師をしたり飛び込み授業をしたりしました。

道徳科の配当時間は年間35時間(1年生は34時間)ですので、
10年間で350時間道徳をすることになりますが、
私はざっと計算してもその倍700時間以上は道徳の授業をしています。
多くの授業を経験しましたが、失敗もたくさんありました。

授業がいわゆる「空中分解」してしまい、
「この授業のまとめって何?」ということも何度もありました。

今でこそ、そのような空中分解の授業は少なくなりましたが、
「みんな笑顔になる授業」ができるようになったのは、
私がこれまで担任してきた子どもたちのお陰です。

道徳科の授業に限らず、授業というものは生モノです。
鮮度のよい時に適切な処理をしなければ、すぐに腐っていってしまいます。

子ども達が毎時間、こちらの予想を上回る意見を言い、
私も含めて議論になる。

着地点が分からない失敗もありましたが、
それでも、子ども達は思ったことを発言し、考えを深めてきました。
そんな子どもたちの意見をどうしてうまくまとめられないのか、
もっと深い考えを出すことはできなかったのか。

純粋な子どもたちの意見を料理しきれず、
自分を責める日が続いたこともありました。

私は、これまでの700時間以上の道徳の授業から得た
道徳の授業づくりのノウハウを
こうして皆さんに伝えることで、
私のような失敗を繰り返してほしくありません。
1時間でも早く先生と子どもたちが笑顔になる
道徳の授業を展開してほしいと思っています。

そんな願いを込めて、特別企画で
今回私のノウハウを全公開します。
5つのステップに分けていますので、
段階を踏んで考えやすい構成になっています。

1度読むだけではなく、
実際にこのノウハウをもとに教材研究や授業を行ってみてください。

1度、2度と挑戦するうちに、こんな感じか、
と道徳の本質が理解できるだけでなく、
子ども達の発言が変わっていくことを実感するでしょう。

今日紹介する5ステップは次のとおりです。

かなりの長編になります。
一気読みは疲れるので、
途中で切りながらで構いません。

ぜひ最後までお読みください。
読み終わった頃には、
道徳の授業をしたくてたまらなくなっているでしょう!

では、早速本題にいきますが、その前に前置きを2つします。

 

前置き①

道徳の教材は、ほとんどのものが2~3ページで完結します。
そのため、起承転結もそこそこに、美談と感じるように終わっているものが多いです。

それをもとに授業をしないといけないのですが、次のように思うのではないでしょうか。
「分かりきったことを聞いてもいいのかな。」
「なんか授業が終わっても深まった感覚がない。」
「本当に子ども達はこの教材で思考が活発になったのかな?」
多くの先生方が感じられているモヤモヤの最初は、きっとこの部分でしょう。

教材の多くは、当該内容項目に当てはめられているた、
その内容項目に向かってゴールが設定されています。

つまり、「親切、思いやり」の教材なら「親切は素晴らしい。」
「友情、信頼」なら「友情や信頼は大切。」と感じる教材が選ばれているのです。

ある意味当たり前のことを言っているようですが、
多くの先生がハマる落とし穴はここにあります。

・友情だから友情についてしか考えてはいけない。
・話が脱線しないような発問を考えないといけない。
これは大きな間違いです。
これらの点が、これまでの道徳であり、脱却が叫ばれている部分なのです。

 

前置き②

ここからは、1つ教材の例があった方が分かりやすいので、
昔話「桃太郎」を教材として進めていきましょう。
内容項目は、「希望と勇気、努力と強い意志」です。

念のため確認しておくと、
桃太郎の内容は以下の通りです。

昔むかし、おじいさんとおばあさんが住んでいた。
おばあさんが川で洗濯をしていると大きな桃が流れてきた。
おばあさんが持って帰ってその桃を割ると、
元気な桃太郎が生まれた。
大きくなった桃太郎は、犬・猿・キジを仲間にして、鬼退治をした。
村に帰って幸せに暮らしたとさ。めでたしめでたし。

 

では、教材研究の5ステップ、いよいよ本題です。

【道徳科の授業づくり5ステップ】

もくじ
  • 前置き①
  • 疑って読む!
  • 発問は当たり前をひっくり返す!
  • スカスカ板書を作る。
  • 懐を広くもつ。
  • 発言の裏を考える。

疑って読む!

教材は疑って読みましょう。
「え?」「本当に?」「そんなにうまくいくか?」とストーリを追うとともに、
疑いをもちながら読みます。

前置き1で書いたとおり、道徳の教材は、ある程度完成されています。
ただ読むだけでは、筆者の論理に納得し、「そうなんだ。」で終わってしまいます。

それでは、教材をなぞるだけのつまらない授業の出来上がりです。
そうではなく、まずは先生が教材研究を始める1回目を読んだ時に、
疑いながら読んでください。
この時点では内容項目を意識しなくてもいいです。

「疑って読む」ことは、良心が痛みます・・・。
なんだか悪い心が自分の心を占領しているようで、心が痛むかもしれませんが、
それもよりよい授業をして、子どもの笑顔のためです。

どうぞ我慢して教材研究を続けてください。

桃太郎の例だと、次のような「疑って読む」読み方ができます。

○なぜ桃から男の子が生まれるのだろう。
○犬、猿、キジはきび団子を食べるかな?
○鬼は殺されたの?
○鬼退治って具体的に何をした?
○桃太郎1人で行けばいいのに。
○おばあさんはどうやって桃を持って帰ったのだろう?
○桃太郎は宝物を一人占めしたのだろうか。

このような疑いが例として挙げられます。
実際の教材はもっと長いので、10~15個の疑いが出てくれば充分です。
繰り返しますが、「疑って読む」時点では、内容項目を意識しなくていいです。
先生自身の視野を広げることが、このステップの目的だからです。

 

 

発問は当たり前をひっくり返す!

「疑い読み」ができたら、次のステップです。
発問をここでは考えましょう。

その時のポイントは、
「当たり前をひっくり返す」
先ほど①で出た「疑い」を見てみます。

その中から、桃太郎の話の核となるものを考えましょう。
ここで、屁理屈なのか、核心をついているものなのかを考えます。
とはいっても、その見極めは難しいので、もっとシンプルに考えましょう。

「先生が子どもに伝えたい疑いはなんですか?」
または
「先生が子どもと考えたい疑いはなんですか?」

①で出た疑いの中で、子ども達に聞いたら反応がよさそう、
ウケそうな疑いはどれでしょうか。
それを2~3個ピックアップしてください。

ここでは、上の例から
○鬼退治って具体的に何をした?
○桃太郎1人で行けばいいのに。
の2つで考えます。
ピックアップが終わったら、これを発問に昇華させます。

疑いを、子どもが考えたくなる発問にするのです。
○鬼退治って具体的に何をした?という疑いについて考えます。
ここで、「鬼退治はどのようにしたのだろう。」という発問で
鬼退治の方法を聞くのは道徳科ではありません。

行為を生む心を考えるのが道徳です。
では、鬼退治についてこんな発問にしてみます。

「鬼は、なぜ降参したのだろう。」
鬼は結果的に降参しましたが、それはなぜでしょうか。
桃太郎軍団の暴力に圧倒されたから?
犬・猿・キジの攻撃に屈したから?
もちろんそれもあるでしょうが、何か違う理由もありそうです。

「鬼はなぜ降参したのだろう。」という発問では、
鬼の心にスポットが当たり、
それを動かした桃太郎の心にも話が派生しそうですね。

桃太郎の平和を願う心、世直しのために立ちあがった心が、
鬼の心を動かした。
そのあたりが、子ども達の意識としては適切な流れでしょう。

続いて、
○桃太郎1人で行けばいいのに。という疑い。
これは、核心を突いた疑いであると言えます。
犬・猿・キジは仲間です、ではなく、
なぜ仲間になったのだろう、なぜ桃太郎は仲間が必要だったのだろう、
桃太郎はなぜ1人で行かなかったのだろう。

これらの疑いは、「疑って読む」ことをしなければ、到底出ないものです。
上述したとおり、筆者の論理に流されて、
なんとなく納得している状態では、このような疑いは出てこないでしょう。

では、これを発問に昇華させます。

桃太郎1人で行けばいいのに。
「もし、桃太郎は犬・猿・キジが仲間にならなかったら、鬼退治には行かなかったのだろうか。」
これにより、桃太郎と3匹で鬼退治した時と、桃太郎1人で鬼退治した時の比較ができます。
比較対象があることで、どちらかを足がかりにして議論しやすくなります。

ということで、ここでは「当たり前をひっくり返す発問」を作りました。
○鬼退治って具体的に何をした?
↓↓↓
鬼はなぜ降参したのだろう。

○桃太郎1人で行けばいいのに。
↓↓↓
もし、桃太郎は犬・猿・キジが仲間にならなかったら、鬼退治には行かなかったのだろうか。

授業をするにあたり、発問は1つか2つで構いません。
その発問から出る疑問を、さらに解決していくのです。
そして、この発問は答えを出す発問ではありません。

発問の答えを探る過程で、
内容項目のねらいを達成できるようにするのです。

 

 

スカスカ板書を作る。

次のステップは「板書」です。

授業まえに板書計画を立てることがあると思いますが、
ここでは極端に言うと、板書計画は必要ありません。

なぜなら、②で考えた発問は、様々な予想外の意見を生むからです。
板書計画を綿密に立て過ぎると、
授業者が板書計画に子どもの意見を当てはめようとしてしまい、
狭い視野の意見しか受け付けなくなる授業になるからです。

しかし、ある程度計画は持っておきたいものです。
例えば、
「登場人物の関係図を黒板に大きく描こう。」
「桃太郎の時間軸をもとにして板書をしよう。」などと、
大まかに計画を立てるだけで充分です。

 

むしろ細かく立て過ぎないようにしましょう。
先ほど言ったとおり、時間をかけて細かい板書を計画したところで、
子どもはこちらの予想以上に考えを広げて意見を言います。

時間をかけて板書計画を立てると、
「あれほど時間をかけたのだから、
いい板書計画にちがいない。」と思ってしまい、
自分の計画に固執します。
こちらが言わせたいことを言わせ、きれいな板書が出来上がって満足。

これでは、子どもが考えた授業になっているとは
言えないのではないのでしょうか。

きれいな板書を作るために、子どもを利用しているだけ、
と言われてもしょうがありません。

ざっくり、登場人物の関係図などを
事前にイメージしておくだけでよいでしょう。

見出しである「スカスカの板書」とは、これまでに述べたような、
ざっくりとした計画ということです。
黒板にたっぷり余白を残しておきましょう。

授業の実際では、子どもの発言から
新しい考えが広がることが往々にしてあります。

ぎちぎちの板書計画では、黒板に余裕スペースがなく、
さらに授業者も心に余裕がなくなります。

板書のゆとりは心のゆとりです。

スカスカの板書で、
「よし、どんな意見でも受け止めよう。」という気持ちで、
板書計画を作ってください。
できればついでに、
該当内容項目についてのなんとなくのゴールの言葉も考えておきましょう。

「思いやりは自分もみんなもいい気持になる。」
「友達がいると心が温かくなる。」
等の簡潔な言葉でOKです。

 

 

懐を広くもつ。

これまでの①~③のステップは、授業前の段階です。
次の④懐を広くもつステップは、
いよいよ実際の授業の場面です。

道徳科の授業では、多面的・多角的な見方が求められます。
多面的・多角的な見方とは、
簡単に言うと1つの事象を、様々な方向から見ることです。

授業では、教師の思考を上回る意見が出てくることが常です。
教師1人の頭で考えるのと、数人、数十人の子どもたちを比べたら、
意見が広がるのは子ども達の方です。

考えてみれば、子ども達の方が人数が多いのですから、
教師の予想を大きく超えてくることが当たり前なのです。

もう事前の計画で、子どもの意見を全て予想しておこうという
ムダなあがきはやめましょう。

それは、「明日あなたに起こる事を全て予想して的中させなさい」と
言われているようなものです。

人生は何が起こるのか分からないので、予想ができません。
だから面白いのです。

道徳も同じです。予想できない分、不安はある程度ありますが、
逆に「子ども達の意見を練り上げるとどんな意見に高まるのか。」という
ワクワク感をもって授業に臨めば、きっと授業者も楽しくなるでしょう。

教師は道徳科においては、教える人ではありません。
道徳科の授業のコーディネーターであり、学習者なのです。

授業者には変わりないのですが、そんな意識で道徳科の授業をすると、
少しは気持ちが楽になるのではないでしょうか。

それが、④のステップ「懐を広くもつ」なのです。

「でも、予想外の発言が出てきたら焦ってしまうんです。」
懐を広くもつことで、子どもの発言を受け止めようとする気持ちはできますが、
それをどうまとめよう、となり、
全員の意見を踏まえたまとめを考えて
浮かばなくて、頭真っ白。
なんてことになりそうですね。

その時のために、大切にしてほしいポイントがあります。
まとめはお盆でとらえるです。

教師は指導書を読んだり、
事前に資料を読んで考えを深めたりして、
ある程度考えはまとまっています。

しかし、子ども達はそうではありません。
授業中に教材を読むなら、
教材と出合って数十分で考えをまとめなければなりません。

教師の用意した言葉のレベルに、子どもが到達するわけありません。
ましてや、内容項目の言葉を使ってまとめるなんて、絶対にありえません。

では、子どもの意見はどのように受け止めればいいのでしょうか。
それが「お盆でとらえる」です。

ねらいとする内容項目について
教師が「掴んでいる」と判断できる言葉なら、
まとめとしていいのです。

例えば、授業前に
「思いやりは自分もみんなもいい気持になる。」という
まとめの文言を想定したとしましょう。
それは、次のような言葉も含まれるのではないでしょうか。

・思いやりは心を暖めるヒーター。
・思いやりは笑顔のバトン。
・自分と友達の友情の正体は、思いやりという名前だった。

いかがでしょう。
言葉は違いますが、
「思いやりは気持ちいい」という文言を
言い変えている表現と捉えることができるでしょう。

授業の実際では、
子ども達は授業者が想定する言葉をストレートには言いません。

教師が想定する言葉を言わせようとして、
誘導尋問のようになっては、道徳の授業ではなく
ただのクイズ形式の授業になってしまいます。

子どもの発言を懐を広くして受け止め、
まとめに生かしましょう。
お盆のように受け止めるのです。
お盆なら、中心に落ちても、端に落ちても、
お盆の上です。

「思っていることを言わないなあ。」と考えているうちは、
まだ懐は広くありません。

「なるほど、それは内容項目の要素が入っているな。」と受け止め、
まとめに生かします。

黒板に自分の発言が書かれ、
授業の一部となると自信につながります。

自信につながると、主体的になります。
主体的な子が多い集団は、思考が活発になります。

つまり、懐を広くして、
授業中に冷静に子どもの発言を受け止めることは、
道徳科の授業を活発にさせることにつながっていくのです。

 

 

発言の裏を考える。

最後のステップは、評価についてです。
授業中の子どもの発言をどう受け止めるか、
また、振り返りや日々の学校生活での見取り方を学びます。

そもそも大前提として、
子どもは教師が言ってほしいことを言ってくれません。
前述したとおり、当然ですよね。
ではどうすればいいのか。

それは発言の裏を考えるのです。
子どもの発言を氷山の一角と捉え、
何を理解して言っているのか、
何を伝えたいのか、
発言の裏を読みましょう。

子どもは未熟です。
大人のように語彙力が充分はありません。

ましてや、語彙力のある大人でさえ表現することが難しい
自分の考えを言葉にするのです。
うまく言えないことがほぼ全てでしょう。

教師は、それに対して、
「もう少し考えをまとめてから言いなさい。」などと
責めることは、得策とは言えません。

うまく言えない子には、
「それって○○っていうこと?」と言葉を言い変えてあげたり、
「□□さんが言いたいこと、だれか詳しく言える人?」と
全体の問いにしたりすることで、
クラス全員で考える雰囲気になります。

勘違いをされやすいので念のため伝えておきますが、
子どもの発言に対して、
一瞬で考えて適切な反応をしなければならない、
ということは決してありません。

教師は、道徳科の授業では授業者であり、一学習者です。
授業者が全てを知っている必要はないのです。

子どもが考えを述べた。
それに対して理解が追いつかなかった時は、
「ちょっと待ってね。」と先生が考える時間をとったり、
「もっと詳しく教えてくれる人?」と全体に問いたり、
「先生、今の考えがよく分からなかったんだけど、同じ人?」と
子どもの現状を確認し、
「じゃあここからは今の○○さんの考えを深めよう」と
方向転換することもできます。

先生は全てを知っておく必要はありません。
先ほども言いましたが、中途半端に知っていたり、
子どもの姿を予想していると、
それに固執してしまい、それ以外の子どもの考えの広がりは
受け止めにくくなってしまいます。

先生が授業前に教材研究としてすべきことは、
子どもの考えの全てを予想しておくことではなく、
子どもの考えをいくつか予想しておくことと、
想定外の意見が出たときにどのように対処するかという
引き出しを持っておくことです。

しつこいぐらい繰り返しますが、
想定外の考えは必ず出てきます。

その時に慌てず、否定せず、
一度受け止めてから子ども達に問い返す。

子どもの立場なら、
つたない自分の考えを受け止めて、
真剣にみんなで考えようとしてくれる先生は、
素敵な姿に映りませんか?

そしてそれが、道徳科の授業として理想とする姿なのです。

 

また、「発言の裏を読む」は振り返りや感想を
子どもがノート(ワークシート)に書いた時にも使えます。

再び繰り返しになりますが、
子どもはストレートに考えを表現できません。

例えば、授業後の感想で
「思いやりはリレーのバトンのようです。
人から人へと受け継がれていくことで、思いやりの輪が広がります。
そうやって思いやりが世界中に広がれば、戦争などなくなっていくと思います。
だから、思いやりは世界平和につながると思います。」
などと、大人のような語彙力と確かな考えを書いてくれれば、
非常に評価はしやすいでしょう。

しかし、現実は、こんなすばらしい感想を
全員が書くことは、そうではないでしょう。

 

上記の内容を子どもの発達段階に即して書くなら、
こんな感じです。
「思いやりはつながると思う。
いろんな国の人にも、思いやりは使えると思う。
平和にもなる。」

これは、正解の文章でもなく、
必要な言葉も抜け落ちている感想です。

しかし、子どもの感想は実際のこんなものではないでしょうか。
ここから、「この子は何を言いたいのだろう。」と
裏を想像するのです。

そこから、子どもが気付いた道徳的価値が見えてきます。

練習問題として、子どもの感想を載せます。
子どもが、こんな感想を書いてきたら、
どんな考えをしたと見取りますか?

内容項目は「親切」に絞っています。

 

【練習問題】
①親切とは、人の気持ちを分かり、自分のことプラス人の気持ちをわかってくれる人だと思いました。
※この子は、親切をどう捉えていると思いますか?

②真の親切な人は、人が困っているときに助けるのがいいと思います。
小さな親切、大きなお世話というようにすれちがってしまうときがあると思うからです。
※この子は、親切をどう捉えていると思いますか?

③親切をする人が1人でもいれば、1人ずつふえていくと思います。
※この子は、親切をどう捉えていると思いますか?

④わたしは、思いやりのリレーだと思いました。
1人がその人を思いやり、Aさんが1人を思いやり、Bさんが1人を思いやる。
それが本当の親切なんだと思いました。
※この子は、親切をどう捉えていると思いますか?

 

いかがでしょうか。
「何を言っているか分からない!」と手放すのは簡単です。
しかし、それでは一生懸命考えた子どもの努力は、
先生の心に届かないまま終わってしまいます。

子どもの道徳的価値は、見ようとしなければ見えません。
発言の裏を読み、深読みするぐらい、
子どもの思考を見取りましょう。

それが、子どもと真剣に向かい合うということなのです。

はい、5つのステップは以上です。

ということで、
「みんな笑顔になる道徳科授業づくりの5ステップ」
①疑って読む!
②当たり前をひっくり返す!
③スカスカの板書にする!
④懐を広くもつ!
⑤発言の裏を考える!
を紹介しました。

 

先生の道徳の授業が変わり、
子どもだけでなく先生も道徳が楽しみになることが、
私の理想です。

正直な話、私も道徳の授業は大変です。
「あ~、明日あるなあ。」と憂鬱になります。

しかし、「大変だからやりたくない。」
ではなく
「大変だけど面白いから、よしやるか!」
という気持ちに毎回なります。

授業が始まると、子ども達がいきいきと発言し出して、
考えと考えが練り合わさって新しい考えが生まれる。

思わず「ほ~!」と言ってしまうほど納得するまとめになる。
そんなことが毎回です。

ぜひ、道徳の教科化を前向きに捉えて、
授業を改革して、先生自身が授業を楽しんでください。

最後に、絵本作家かこさとしさんの言葉を紹介して終わります。
こどもさんをあなどるな。

私達大人が思う以上に、子どもの思考は無限大です。
むしろ、大人の方が狭い考えで、
その枠に子どもを収めようとしてしまっているのかもしれません。

子どもから学ぶ姿勢をもち、
子どもだからといって思考のレベルを落とすことなく、
人間対人間のぶつかり稽古をしてみてください。

 

では、私も次の授業のために
ステップ①「疑って読む」からやりますね!

最後まで読んでいただきありがとうございます。

では、ここまでとします。
最後まで読んでいただき、ありがとうございました。
子どもたちのために、ともに道徳の探究者でいましょう!