4年

4年生『絵葉書と切手』の指導案はこうする!

こんにちは。Kishです。
今日は道徳の教材について詳しく書きます。
多くの教科書に掲載されている
『絵葉書と切手』
この教材についてお話し、
あなたのこれまでの授業を変える
道徳イノベーションを起こします!

目次です。
・「友情、信頼」は重点を決める
・発問例
・板書は「二項対立型」
・教材を「多面的」に見て,内容項目を「多角的」に見る

では本題です。

もくじ
  1. 「友情、信頼」は重点を決める
  2. 発問例
  3. 板書は「二項対立型」
  4. 教材を「多面的」に見て、内容項目を「多角的」に見る

「友情、信頼」は重点を決める

『絵葉書と切手』の内容項目は
「友情、信頼」です。
2つの違いについては別な記事でお話ししていますので、
詳しく知りたい方は、こちらをご覧ください。

簡単に言うと、
友情の上に信頼があります。
信頼が先にくることはありません。

教材によって、
友情の関係をつくる段階なのか、
友情の間にある信頼を高める段階なのか、
見極める必要があります。

この内容項目は、どちらか重点を決めて授業をしましょう。
「友情」か「信頼」か
重点はどちらなのか、教材から考える
ということです。
「友情、信頼」の教材は
その両方を追究するようにはなっていません。
どちらかに軸足が必ず置かれています。
それをどちらなのか、考えましょうということです。

『絵葉書と切手』では、
「信頼」に重点が置かれています。
この後は、それを前提に話を進めます。
かといって、「友情」に重点を置いて
間違いと言うわけではありません。
「授業者が重点を決める」ことが大切なのです。

発問例

次に、発問例を挙げます。

まずは子どもの思考を狭める
「場面を区切る発問」です。

【場面を区切った発問】
・手紙を受け取った時、ひろ子はどんな気持ちだったのだろう。
・料金が足りないことを知ったとき、ひろ子はどんな気持ちだったのだろう。
・兄の考えを聞いて、ひろ子はどう思っただろう。
・母の考えを聞いて、ひろ子はどう思っただろう。
・ひろ子は、どんな気持ちで手紙を書いたのだろう。 

これらは、子どもの思考を狭める発問です。
それぞれの質問で、異なる視点から意見を言えますか?
ある程度答えの幅が限定される発問になっていませんか?

これらの発問は、
結局のところ、子ども達は同じようなことを言うだけの
言葉遊び的時間になり、道徳性が深まりません。
考えるのは簡単ですが、
その分、浅い意見しか期待できないでしょう。

では、次に、
教材全体を捉えて、
多面的・多角的に考える発問を紹介します。

【多面的・多角的に考える発問】
・もし、愛子が他の人にも絵葉書を送っていたら、ひろ子の考えは変わるだろうか。
・迷うぐらいなら、返事を出さない方がいいのではないか。
・ひろ子と愛子の友情度は何%だろうか。
・言って怒るような愛子さんなら、手紙を出さないのではないか。
・ひろ子は、愛子が恐くて言えないのだろうか。
・愛子は、見せたい、会いたい、伝えたい、どの気持ちが強いのだろうか。
・58円は、ひろ子と愛子の間の何の値段だと言えるだろうか。
・58円と友情では、友情の方が重いのではないか。
・ひろ子も料金のことは知らなかったのだから、お互い様ではないか。
・なぜひろ子は、すぐに教えようとせず迷ったのだろうか。
・2人の友情はすぐに壊れるのだろうか。
・この2人はいつも文通をしているのだろうか。
・愛子さんが、もし怒ったら、もう2人は友達ではないのだろうか。
・愛子さんに教えたら、今後は気を遣ってしまうのではないか。
・2つの「ありがとう」は、同じだろうか。

いかがでしょうか。

それぞれ、考える価値のある深い発問です。
大人でも難しい発問ですよね。
「子どもには無理だ」と思っていますか?
そんなことはありません。
「無理だろう」は、
頭の固くなった大人のエゴで、
実は頭の柔らかい子どもは、
道徳性を深める素地は充分あるのです。

しかし、とはいってもすぐに考えを言えません。
子どもにとっても難しいものです。
1つ発問をしたら、
シーンとなります。
必ずシーンとなります。
それは、「答えられないシーン」のではなく
「考えているシーン」なのです。
その時に聴いてみてください。
「時間をかけて考えたい人?」
きっと多くの手が挙がるでしょう。
そこで、
「(ノートに)書いてみましょう。」
「友達と話してみましょう。」
ということで、
書くことや話し合いが
有意義なものになるのです。

板書は「二項対立型」

黒板の使い方は、フリースタイルです。
縦書きで川流しが悪いわけではないですが、
子どもの思考を広げる観点では、
そうでない場合が有効なことが多いです。
多くの板書の型がありますが、
『絵葉書と切手』は「二項対立型」がいいでしょう。

図のとおりです。
このように、関係図を書くことで、
見えてくるものがあります。
「この矢印の意味は何だろう。」
「意味が変わった矢印はあるかな。」
「どちらが価値があるかな。」と聞くことで、
教科書に書かれていない
道徳的価値に気付くことができます。
それが、「多面的・多角的に見る」ということなのです。

教材を「多面的」に見て、内容項目を「多角的」に見る

道徳は教科になり、「特別の教科 道徳」となりました。
新学習指導要領では、「多面的・多角的な見方」が大切となります。
多面的・多角的な見方について詳しく知りたい方は、
この記事を読んでください。

『絵葉書と切手』では、
発問をすることで、
教材を「多面的」に見ることができます。
そして、多面的な見方から見えた考えを
友達と突き合わせることで、考えの幅が広がります。
その議論を重ねることで、
内容項目の「友情、信頼」を
多角的に見ることができるのです。

さて、この授業をすると、
どんな考えが出ると思いますか?
一例として書きますが、
この通りになるとは限りません。
いえ、むしろなるはずがないでしょう。
それは、先生と子ども達が違うんですから。
どんな授業がよいとか悪いとかではなく、
先生と子どもで、唯一無二の授業を作ってください。
それが何より、尊いのです。

イメージをもってもらうために、
授業の流れの例をお話しします。
先:先生 子:子ども

先:もし、愛子さんが他の人にも絵葉書を送っていたら、
ひろ子の考えは変わると思いますか?
子:うーん。・・・・
先:次の3つのうちどれかに手を挙げてください。
1つ目、変わると思う。
2つ目、変わらないと思う。
3つ目、どちらとも言えない。
子:(それぞれに手が挙がる)
先:何か言いたいことある人?
子:ひろ子さんは、他の人に送っていたとしても、
自分に届いたのは間違いないから、
変わらずに教えてあげたと思う。
子:他の人も料金不足で送られているから、他の人が教えると思うから、
ひろ子さんはわざわざ教えてあげなくていいと思う。
先:みんな、そんなふうに「誰かするだろう」と思っていたらどうする?
子:うーん。・・・・
先:やっぱり教えるという人?
子:私は教えなくていいと思います。誰も教えてくれなくてもいい。
先:どうして? 今の考えに近い人?
子:はい。私もです。たくさんの人に絵葉書を送ったということは、
たくさんの人にこのきれいな景色を見せたかったということ。
その気持ちを私は壊したくありません。
先:なるほど。送ってくれた気持ちは、友達のことを思う気持ちですもんね。
では、教えたときと教えない時と、同じものは何かな?
子:ひろ子さんが愛子さんのこの先のことを思う気持ち。
先:なるほど。友達っていうのは、その人の先のことを考えてあげられる人なんですね。
(まとめを書く「本当の友達は、先のことを考えてあげられる人」)

いかがでしょうか。
これは考える時間や脱線も省いていますので、
こんな台本のようなすっきりしたやりとりにはなりませんが、
大まかな流れはこの通りです。
たまたま、「先のことを考えてあげられる人」という
流れになりましたが、
他にも「友情、信頼」を
多面的・多角的に見たまとめならよいでしょう。
大切なポイントは、
「子どもの言葉を使う」ということです。
先生がかっこつけて、大人の言葉でまとめると
子どもは興ざめです。
無理に大人の言葉に変換しなくてもいいです。
子どもの言葉は純粋さの塊です。
子どもの言葉を紡いで、授業を作り上げていきましょう。

私は、「特別の教科 道徳」の授業のあり方は
変わるべきだと考えます。
これまでの場面ごとに区切る授業から、
多面的・多角的に考えられる授業へと転換すべきです。
時代が多様性を求めているのですから、
道徳も時代に合わせて変わるべきです。
令和の教師は、令和道徳をしましょう。
時代に合わせて変化する人が、
時代に淘汰されずに生き残る人です。

ということで、「4年生『絵葉書と切手』の指導案はこうする!」
このテーマでお話ししました。
また次回をお楽しみに!
分析・解説してほしい教材があれば、
リクエストしてくださいね!