4年

4年「サッカーボール」【善悪の判断】の指導案はこうする!

善悪の判断

こんにちは。
今日は『4年「サッカーボール」【善悪の判断】の指導案はこうする!』
このテーマで教材解説をします。

今日の内容項目は、
「善悪の判断、自律、自由と責任」です。

比較的、分かりやすくて授業をしやすい項目ですよね。

いいことと悪いことの区別を
「教える」という意識が先行してしまいますが、
区別するべきことを「教える」のではなく、
自分はいいと思うか悪いと思うか
「考えて答えを出す」ことを大切にします。

強いて教えるとすれば、
自分の判断基準(ものさし)をもつことの大切さです。
まずは、この意識をもって、授業に臨んでくださいね!

では、解説です!

1 教材について
2 内容項目と教材
3 導入
4 発問
5 まとめ

順番に解説します。

1 教材について

A 主として自分自身に関すること
「善悪の判断、自律、自由と責任」
3・4年の目標・・・・正しいと判断したことは、自信をもって行うこと。

4年生「サッカーボール」(光文書院)

あらすじ

ぼくは友達とサッカーをしていた。
竹内くんがぼくに向かってボールを蹴った瞬間、1年生くらいの男の子がぼくの方に向かって走ってきた。

ぶつかる。

そんな予感がして、ぼくは目をつぶってしまった。
予感は見事に当たり、男の子はグラウンドに倒れてしまった。

ぼくはかけよってその子を抱き起こした。
しばらくすると、男の子は自分で立ち上がり、顔についた土を払い始めた。

ぼくは、ほっとした気持ちと、なんだか胸がドキドキしているような変な気持ちで、グラウンドのはしに連れて行った。

気がつくと、みんなは何事もなかったかのようにサッカーをしている。

ぼくは腹が立ってきた。
ぼくはボールにかけよると、ボールを抱えたまま座り込んだ。

みんなの「なにやってんだよ!」という声を聞きながら、
「きみたちは何も感じないのか。」と言った。

みんなは、ぼくがなぜ怒っているのかわからない様子だった。

2 内容項目と教材

「善悪の判断、自律、自由と責任」は、次の3つに分けて考えます。
①善悪の判断
②自律
③自由と責任
それぞれ、似ていますが解釈が異なるので、
今回授業をする教材が、
①~③のどれに当たるかを考える必要があります。

「サッカーボール」は、①善悪の判断になります。

男の子にボールが当たり、心配した「ぼく」と、
さほど大きなこととして捉えていないみんなの判断軸がポイントとなります。

「ぼく」は、男の子にボールが当たって、思わず駆け寄ります。
この『思わず』がポイントですね。
無意識に駆け寄って、心配をしていたということです。

ということは、「ぼく」以外のみんなは駆け寄ってもいないので、心配なんて思ってもいないということでしょうか?

男の子にボールが当たった事実は認識しているでしょうが、その後は特に気にせずサッカーを続けています。

ここで考えたいのは、みんなの感情です。
みんなは、どんなことを思ったのでしょうか。

Aボールが当たったけど、大丈夫だろう。
B当たったけど「ぼく(富田)」が近づいて声をかけてるから、大丈夫だろう。
C大丈夫そうだから、気になるけど続けよう。

みんなの感情としては、どれが近いでしょうか。
子どもたちに聞いてみたいですね。

まだ道徳の時間は4年生になって3時間目ですから、
道徳の議論に慣れるためにも、このように選択肢を与えて自分の立場を明確にして、
考えた意見を言う環境を多く設定していきましょう。

人は、「○○についてどう思う?」と1つの問題について突きつけられるよりも、
「○○と▲▲を比べてどう思う?」と、比較して考えるほうが思考が進みます。

『比較』を意識して、考える場を作っていきましょう。

 

「ぼく」は、みんなの行動に対して抗議行動の意味でボールを抱えて座り込みます。
「ぼく」は、みんなにどんなことを思ってほしかったのでしょうか。

「ぼく」の中で、みんなはどんな行動をすれば正解だったのでしょうか。

この場面で、「ぼく」とみんなの判断基準が違っていることがわかります。

「ぼく」は、男の子にボールが当たってケガをしているかもしれない。
サッカーを中断して、心配して駆け寄り手当をするべきだ、と考えています。

しかし、みんなは、そこまでは思わずにサッカーを続けています。

「ぼく」の中で、
みんながサッカーを続けていること=男の子を心配していない
というように見えたのです。

この時点で、ひょっとすると誤解が発生しているかもしれません。

「ぼく」は、みんなが心配すらしていない。
みんなは、心配はしているけど、「ぼく」が男の子のところへ行ったから大丈夫だろうと思っている。

この意識のズレが、ひょっとすると行動だけではわからなかったかもしれません。

このことから、
・人によって正しいと考えることはちがう。
・考えを聞かないと、人の本当の考えはわからない。
ということがわかってきます。

 

やってはいけないことは、
「ぼく」は正しくて、みんなが正しくないという前提に立って授業を進めることです。
それは、「ぼく」のような行動が素晴らしいということになりますし、
その流れは、『正しい行動を教える道徳』という、道徳科の批判の一丁目一番地のような授業になるからです。

道徳科は教科になり、多面的・多角的な見方が求められています。

ここでは、「ぼく」が正しい、みんなが正しくないという前提を授業者が一旦くつがえし、
「ぼく」のよくないところは?
みんなのいいところは?
と教材研究の段階で考えてみることで、授業者の視点が広がります。

すると、授業で子どもが広い視点から意見を言っても、受け止められるようになります。

多面的・多角的な授業をするには、発問をまずは変えることが大事ですが、
その発問から出る意見を、授業者が受け止められなければ、
せっかく子どもが多面的・多角的な視点で意見を言っても、
授業者がその意見を狭めてしまうことになります。

つまり、多面的・多角的な見方を育てる授業の第一歩は、
授業者の意識改革なのです。

3 導入

T:教師 C:子ども

T:休み時間はどんなことをして過ごしていますか?
C:ドッジボール。
C:読書。

T:今日は、休み時間の出来事について考えます。
 1年生にボールが当たってしまったとしたら、どんな気持ちが大切でしょうか?
 みんなで考えましょう。

4 発問

・「ぼく」は、いい子だろうか。
・男の子に謝らないといけないのはだれだろう。
・この話で喜んでいるのはだれだろう。

・「ぼく」の変な気持ちは、「ケガをしていたら怒られる」という心配だろうか。
・みんなは本当に男の子のことを心配していないのだろうか。
・「ぼく」は心配しすぎじゃないか。

・「ぼく」がサッカーボールを抱えて座り込んだことは、自分勝手ではないか。
・みんなのいいところはどこだろう。
・サッカーボールがしゃべれるとしたら、だれにどんなことを言うだろう。

5 まとめ

・人によって正しいと考えることはちがう。
・考えを聞かないと、人の本当の考えはわからない。

このポイントを、教師が与えた言葉ではなく、
子どもが授業中に発した言葉でまとめられるといいですね!

 

はい、ということで今日は
『☆』
このテーマでお送りしました!

また明日もお楽しみに。

 

 

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