6年

6年「青の洞門」【感動、畏敬の念】の指導案はこうする!

感動、畏敬の念

こんにちは。
今日は『6年「青の洞門」【感動、畏敬の念】の指導案はこうする!』
このテーマで教材解説をします。

Dの内容項目は、
「価値の広がりを目指す」
ものではありません。

A~Cの内容項目は,広がりを目指すものです。
例えば、親切は「何かをしてあげること」だ
と思っていた子どもたちが、
授業で議論をすることで、
「何もしない親切もある」と気付いたら、
それは見方が広がったと言えるでしょう。

しかし、Dの内容項目はそのような広がりは
ほとんど期待できません。

そもそも抽象的なものが多く、
議論で広がったとしても、
さらに抽象的なものになってしまうからです。
そうなると余計に
「道徳は難しい!」と考える
子どもや先生を増やすだけです。
そうではなくDだけは、
ゴールまでの道を太くするイメージで
授業をしましょう。

では、解説です!

 

1 教材について
2 内容項目と教材
3 導入
4 発問
5 まとめ

順番に解説します。

1 教材について

D 主として生命や自然、崇高なものとの関わりに関すること
「感動、畏敬の念」
5・6年の目標・・・・美しいものや気高いものに感動する心や人間の力を超えたものに対する畏敬の念をもつこと。

6年生「青の洞門」(日本文教出版)

 

あらすじ

了海という僧は昔、人を殺した。その罪滅ぼしのために僧になり、多くの人の役に立ちたいと思って全国を歩いていた。

すると、豊前(福岡・大分)で危険な崖を見つけた。
落ちて怪我や命を落とす人が毎年いるこの崖に、安全な洞門を掘ろうと決意した。

何年も掘り進めていくが、村人はバカにする。
しかし、12年も経つと村人が石工を雇って了解を手伝い始めた。

そこに、了海が昔殺した人の息子である実之助が現れ、かたきをうとうとした。

了海は、「思い残すことはない」と言ったが、村人が「完成まで待ってほしい」と懇願した。

了海が懸命に掘り進める姿を見て、実之助は手伝い始めた。
その方が完成が近づき、早くかたきをうてると思ったからだ。

いよいよ完成したその時、実之助は、このか弱い腕で成し遂げられた偉業に、驚きと感激の心で胸がいっぱいになった。

2人は全てを忘れて、観劇の涙にむせび合った。

2 内容項目と教材

定番中の定番教材ですね。
定番教材で、教材自体が長くて、そして内容項目がD「感動」です。

難しい!と感じてしまって、うまくできない人が多い教材であることでも有名です。

 

ポイントを押さえれば、それほどかたく考えずに授業ができます。

①まとめは無理に言葉にしない。

②心が変わったのは、どこのどんな点か考える。

この2つのポイントを押さえて、授業をしましょう。

 

詳しく解説します。

①まとめは無理に言葉にしない。

Dの内容項目は,言葉にすると安っぽいものです。
例えば以下のとおり。
「命は大切」
「美しいものに感動する」
「自然は大切」

これを見てどう思いますか?
「知ってるわ!」とツッコミを入れたくなりませんか?

そうです。
これがDの内容項目の難しいところなのです。

授業をしても上の結論は変わりません。
しかし、授業で子ども達が議論をすることで、その理解が深くなるのです。
言葉を変えると「見えているゴールまでの道を太くする」です。

では、なぜDは言葉にすると安っぽいのでしょうか。
それは、Dの内容項目は「言葉にできないもの」だからなのです。

なぜ命が大切なのか言ってください。
と聞かれたら、あなたはなんと答えますか?

親からもらった大切なものだから。
先祖からつながっているから。
未来へつながっていくから。
命がなくなると何もできなくなるから。

など人によって異なるでしょう。
でも、命は大切であるという結論は変わりません。
揺るぎない真実であるからです。

命は大切

この結論に、これ以上の広がりはないわけです。
つまり、どれだけ議論しても
これ以上の結論はでません。
つまり、言葉にすると安っぽいものなのです。

「じゃあ議論する意味はないのか?」

そんなことはありません。

先ほどあなたは考えました。
命はなぜ大切なのか。

親や先祖、未来など多くの視点から命を見ていました。
その視点を増やすことが、道徳の授業でするべきことなのです。

 

つまり、まとめは無理に言葉にせず、個々がそれぞれに理解している概念を話し合いの中で聞き合うことで、視点を広げて理解を深めるだけで、Dの学習は充分なのです。

 

「感動ってどういうことだろう?」
「人の心はなぜ、美しいと感じるのだろう。」

難しい発問ですが、子どもの考えをぜひ聞いてみたいですよね。

じっくり考えて、ひねり出した答えが、とても貴重なものなのです。

 

 

②心が変わったのは、どこのどんな点か考える。

「青の洞門」では、登場人物全ての心が、どこかしらで変わっています。

その心が変わったポイントを考える活動が主軸になります。

了海、実之助に注目してしまいますが、それだけでなく、村人の心の変化にも注目しましょう。

初めは、了海の行動を笑っていましたが、そのうちに人を雇ったり、手伝ったりした。
その心変わりは、どこで起こったのでしょうか。
了海のどんな姿を見たからでしょうか。
その姿を見て、どんなことを感じたのでしょうか。

考えてみたいですね。

 

また、実之助の心は、了海の何によって変化したのかも、当然考えた方がいいですね。

初めは了海を殺そうとしました。
まさしく、親のかたきですから、相当な怨念がこもっています。

親を殺されただけでなく、長年探し回っていて、ついに見つけたのです。

いち早くかたきをうちたいという思いがあったのではないでしょうか。

また、かたきをうとうとした場所は、了海が19年もかけて一生懸命掘った洞門の中。

村人の説得だけでなく、この洞門を掘り進めた了海の思い、洞門の雰囲気も相まって、かたきをうつのをやめたのではないでしょうか。

ここも、子どもの考えを聞いてみたいところですね。

 

さらに、「了海は、どんな思いで掘ったのか。」も当然考えます。
村人のために、という思いから洞門を掘り進め、自分の罪滅ぼしの意味で始めましたが、果たして本当にそれだけでしょうか。

ほめられたい、できれば殺されたくない、といった他意はなかったのでしょうか。

きっと、そんな不純な思いは了海には全くなかったでしょう。
だからこそ、その純粋な思いに実之助や村人は心を打たれたのでしょう。

しかし、「ほめられたいとは思っていなかったのかな?」とヘリクツ発問を教師が投げかけることで、子どもたちは「そうではない」と教師を説得しようとします。

その根拠となるのが、自分が感じた感動についての考えなのです。
つまり道徳的な価値を根拠にして教師の発問に対して反論してくるので、これはとても大切な活動です。

ぜひ、意図的に取り組んでみてください。

 

さらに、同じDの視点の内容項目である『生命の尊さ』も入っているので、触れたいところですね。

この話は、実はが橋渡しになっているのです。

毎年何人もの命を奪う崖。
その崖から命を救いたいと思ったのは、人を殺してしまった了海です。

人の命を救う洞門を掘ることで、自分が奪った命についてせめて報いたい。

決して自分が奪った命は戻ってこないが、崖に洞門を掘ることで、何千人もの命が救われる。

1つの命を奪った1つの命が、多くの命を救おうと決意するのです。

感動の裏に、命のバトンがつながっていることも触れられると、さらに深みのある授業になりそうですね!

 

 

「うーん、なんとなくわかったけどどうやってまとめればいいの?」

最初に伝えましたね。
無理にまとめにしなくてもいいです。

子どもたちで共通の納得したワードが出ればまとめとして使用してもいいですが、そんな流れになることはめったにありません。

話し合いで人の心の美しさについて考えたので、それで充分です。
その話し合いで充分まとめはできているのです。

言うなれば、45分かけてまとめを浸透させているイメージです。

 

「今日は人の心の美しさについて、考えましたね。」

これだけ伝えて、余韻の残る終わり方で充分です。

「まとめ」しないといけない病から脱却しましょう!

3 導入

T:教師 C:子ども

※洞門という言葉が難しいので、その説明から入ります。
さらに、教材が長いのであらすじを先に伝えることで、教材の理解がグンと深まります。

T:今日の教材は「青の洞門」です。洞門とはトンネルのことです。
 この話は、昔人を殺してしまったお坊さんが、村人のために長い年月をかけて洞門を掘る話です。
 しかし、途中でその息子がやってきて、かたきをうとうとします。
 でも結局かたきはうたず、一緒に洞門を掘るんです。
 なぜこんなことになったのでしょうか。
 人の心について、今日はじっくり考えましょう。

4 発問

・実之助は、すぐにかたきをうった方がスッキリしたのではないか。
・なぜ、洞門を掘ることで、了解の罪はなくなるのだろう。
・了海の心が変わったのは、いつだろう。

・実之助の心が変わったのは、いつだろう。
・村人の心が変わったのは、いつだろう。
・題名の「青」とはどういう意味だろう。

・完成した後に、実之助が了解を殺した時と殺さない時、心はどうちがうだろう。
・最初の1打ちと最後の1打ちで、了海の心は一緒だろうか、ちがうだろうか。
・了海は、ほめられたくて洞門を掘ったのだろうか。

・了海は、あきらめそうになったら、なにを想像していたのだろう。
・村人がかたきうちを止めたのは、洞門が完成してほしいからだろうか、了海の心に感動したからだろうか。
・崖から落ちて亡くなった人の家族は、人を殺した了海が掘った洞門を通ってどう思うだろうか。

・なぜこの話は「いい話」なのだろう。
・この話で幸せなのはだれだろう。
・実之助のかたきうちの心は、消えてしまったのだろうか。それはなぜだろう。

・実之助は、かたきをうつのを一旦やめたのは、村人に説得されたからだけだろうか。

5 まとめ

先ほどもお伝えしたとおり、
まとめは無理に言葉にする必要はありません。
むしろ、言葉にしない!と言ったほうがよいでしょう。

気を付けることは、
①「生命の尊さ」ではないが、ちょっと触れるといいこと
②洞門、僧などの言葉の解説を加えること

を意識して、授業を展開しましょう!

はい、ということで今日は
『6年「青の洞門」【感動、畏敬の念】の指導案はこうする!』
このテーマでお送りしました!

また明日もお楽しみに。

 

 

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