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1 教材を素読
まずは教材を素読(そどく)します。 素読とはなにかというと、 余計な情報を入れずに純粋に本文だけを読むこと、です。 教科書の構成として、どうしても次のことが目に入ってきます。■内容項目はなんなのか。 ■どんな視点で考えればよいのか。 ■活動はどんなことをすればよいのか。
分かりやすくするための構成ですが、素読はそれすらも見ないようにします。
(まあ、目には入ってきますが意図的に無視ということで。) 前情報を入れずに教材を読むので、
この教材がどの内容項目かもわかりません。 でも、わからないことが大切なんです。
内容項目を先に知って教材を読むと、 内容項目に合うように教材からそのエキスを見つけてしまうからです。 例えば、「希望と勇気、努力と強い意志」の内容項目だと知って、
『桃太郎』を読んだとします。 そうすると、「希望と勇気を教えないといけないんだ。」という意識が先行して、
『桃太郎』の話から、希望や勇気がある部分を自然と探してしまいます。 そうなると、なにがいけないと思いますか? 多面的・多角的に見る視点が、教師の教材研究の時点で狭くなっているのです。 『桃太郎』は「希望と勇気」だけではありません。おじいさん・おばあさんの桃太郎への愛情は「家族愛」 鬼退治の思考はそもそも「公正、公平」 犬・猿・キジとの「友情、信頼」
このように、たくさんの内容項目、つまり道徳的価値が詰まっています。 これらの視点を、教師の教材研究の時点で見落としてはもったいないですよね。
だから素読をオススメするのです。 内容項目を知らずに素読をすると、
教材はたくさんの視点があることに気付きます。 それがまさしく、「多面的・多角的な見方」なのです。
教師は真面目ですから、「内容項目からはみ出してはいけない」と思う人が多いですが、
それは古い考え方です。 新学習指導要領で求められている道徳は、
内容項目という幹を押さえつつ、枝葉の部分をどれだけ広げられるか,
という授業です。 視点は多くの方向に広がる方が、面白いのです。 ここまで読んだ人は、こう思うかもしれません。
「いや、素読をしても教師が全ての視点をもっておくのは無理でしょ。」 確かに無理ですね。
教師が考えていること以上の視点を、子どもは必ずと言っていいほど出してきます。 しかし、教師が素読をして、新しい視点に気付くという感覚をもっていれば、
授業中に子どもが想定外の見方をしたとしても、 新しい視点を受け止める心構えができているのです。 だから、素読をして新しいものを受け入れる心をつくること、
これが大切なポイントなんです。 この先は、noteで読めます
この先でわかること
- 内容項目を確認
- 発問を考える
- 板書を組み立てる
- 導入、まとめを考える
- 評価のポイントを考える
- 授業
この指導案シリーズは、この2年で延べ4,300人以上の先生を支えています。
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