友情の授業が「やさしくしよう」のきれいな言葉で終わってしまう、となやんでいませんか。この記事では、お話を教室の手助けの場面につなげて、流れと授業のゴールを図でまとめます。
この記事のポイント(30秒で)
- 教材:『そこにぼくはいた』(小学6年・道徳/友情、信頼)
- あらすじ:ぼくの遊び仲間に、右足が義足のああちゃんがいました。登れずにいるああちゃんに「すまんかった」と手を差し出しますが、受け取ってもらえません。月日がたち、田んぼで自然に出した手は、にぎり返されました。やがてああちゃんは、自分から足の話をします。
- ねらい:友情=こまった人を助けること → 信頼は 相手をありのまま受け止めること。気をつかう手より、仲間として自然に出た手が、信頼を生む
- おすすめの発問:教室の「手助け」は、相手にどう届いている?
- 板書:左「いまの考え」・中央「中心発問で深める」・右「価値をとらえ直す」の3分割
書いた人:キッシュ先生(元小学校教師16年。道徳の指導案をnoteで約4,000本公開)
そこにぼくはいたのあらすじ(どんなお話?)

ぼくの遊び仲間に、右足が義足のああちゃんがいました。登れずにいるああちゃんに「すまんかった」と手を差し出しますが、受け取ってもらえません。月日がたち、田んぼで自然に出した手は、にぎり返されました。やがてああちゃんは、自分から足の話をします。
ねらい(この授業のゴール)

授業の前は「こまっている人を助けるのが友情」と考えがちです。授業の後は、信頼が気をつかうことからでなく、相手をありのままの一人として受け止めることから生まれると気づけることがゴールです。
発問のコツ(若い先生がやりがちなこと)

場面ごとに聞くと、「やさしくしよう」で終わりがちです。教室での自分たちの手助けが相手にどう届いているかを問うと、二つの手のちがいを、子どもが自分の生活と重ねて考えはじめます。
4コマで見る「よかれと思って」

よかれと思った手助けが、相手には「特別あつかい」に感じられることがあります。相手をありのままの仲間として見ると、かかわり方が自然になります。斜面と田んぼの手のちがいを、教室の休み時間に置きかえました。
板書計画は3つのエリア

板書は、左に子どもの「いまの考え」、中央に二つの手のちがいと中心発問の話し合い、右に友情と信頼をとらえ直すことばを置きます。くわしい板書はnoteで紹介しています。
授業の流れ・発問・板書計画をそのまま使いたい先生へ
noteで、この教材の授業づくりを1時間分まとめて解説しています。中心発問と問い返し、45分の流れと導入の台本、テーマ型の発問15個以上、板書計画(画像つき)まで、そのまま授業で使えます。
▶ 6年『そこにぼくはいた』【友情、信頼】の指導案と発問はこうする!
教材の見方の部分は無料で読めます。
まとめ
- 同じ手でも、気持ちで伝わり方が変わる
- 信頼は、相手をありのまま受け止めることから
- きれいな言葉で終わらず、教室につなげる
『そこにぼくはいた』のよくある質問
Q. 『そこにぼくはいた』は何年生・どの内容項目の教材ですか?
A. 小学6年の道徳の教材で、内容項目は「友情、信頼」です。
Q. 『そこにぼくはいた』のあらすじは?
A. ぼくの遊び仲間に、右足が義足のああちゃんがいました。登れずにいるああちゃんに「すまんかった」と手を差し出しますが、受け取ってもらえません。月日がたち、田んぼで自然に出した手は、にぎり返されました。やがてああちゃんは、自分から足の話をします。
Q. 『そこにぼくはいた』の授業のねらいは?
A. 友情=こまった人を助けることという考えから、信頼は 相手をありのまま受け止めることという考えへ深めることです。授業の前は「こまっている人を助けるのが友情」と考えがちです。授業の後は、信頼が気をつかうことからでなく、相手をありのままの一人として受け止めることから生まれると気づけることがゴールです。
Q. 『そこにぼくはいた』の発問はどうすればいいですか?
A. 場面ごとに気持ちを聞くだけだと、答えが同じようになりがちです。「教室の「手助け」は、相手にどう届いている?」のように、お話全体を見て考える問いがおすすめです。場面ごとに聞くと、「やさしくしよう」で終わりがちです。教室での自分たちの手助けが相手にどう届いているかを問うと、二つの手のちがいを、子どもが自分の生活と重ねて考えはじめます。
Q. 『そこにぼくはいた』の板書計画は?
A. 板書は、左に子どもの「いまの考え」、中央に二つの手のちがいと中心発問の話し合い、右に友情と信頼をとらえ直すことばを置きます。くわしい板書はnoteで紹介しています。












